2009年07月08日

詳細 その3.動脈瘤

3月30日のカテーテル検査で、瘤の形が判明しました。
根元が細く、先がぷくぅっと膨れた風船型ならカテーテル術でコイルを詰める方法。根元が太く、寸胴型なら頭を開けてクリップで止める方法。
母のは寸胴型でした。

しかし、当然といえば当然ですが、両親ともに頭を開けるのを嫌がり、カテ術でお願いするコトになりました。

医師としても難しく大変な作業になるだろうと、万が一に備えてスタッフが充実しているGW明けにしようというコトになり、5月10日入院で11日手術に決まりました。

始めてみるとやはり困難な作業だったらしく、入れても入れても反対側からコイルが出て来てしまってなかなか定着せず、3時間余り時間がかかってしまいました。
術後はICUに一泊。父の夕飯があるので麻酔が完全に覚めるまでは居られず、その日はまともに言葉を交わすコトは出来ないまま病院を後にしました。

次の日、麻酔は完全に覚めていましたが、声があまり出ず箸も上手く使えず、そもそもなんで入院したのか思い出せずにいる母が居ました。

声は、呼吸を止めて人工呼吸器を取り付けていた違和感からのもので、自然に取れるというコトでした。他のコトも一時的なモノだろうと思っていたのだけど…。
更に次の日、なんとか声が出るようになったものの、呂律が回っていなくて箸も記憶もダメなままでした。

術後の確認の為MRIを撮ってみると、術中に脳梗塞を起こしていたコトが分かり、医師も私も慌てましたが、半身麻痺の部位からはズレており、リハビリすれば元に戻るというコトで落ち着きました。
暫く入院して様子を見ようか?と言われたけど、問題がリハビリなら、何もするコトなく一日中ボーっとしてしまう病院に居るよりは、一刻も早く日常に戻した方がいいと思い連れて帰って来ました。

これまで一日も欠かさず化粧をし、身嗜みもきちんとしていたのに、化粧はおろか着替えるコトもせず、寝たり起きたりの生活。無気力で家事の一切を放棄していて、話す言葉も必要最低限。ほとんどが表情だけで気持ちを伝えようとする様に、これじゃあいかん!と思いつつ、どうしたらいいのかと立ちすくむ日々。
とりあえず化粧と着替えだ!と、それをするように言ったところ、化粧の仕方が分からないと言われお手上げ状態に…。
母は結構な種類の化粧品を持っており、全く化粧をしてこなかった私は、順番も適量も全く分からなかったんです(滝汗)
化粧は諦めて、着替えるコトだけ奨めてみました(汗)

助かったのは、人間、着替えるコトでやる気が湧くようで、陣太郎(わんこ)の散歩が復活しました。
他にもやれるコトを探して、洗濯機の前で佇むように。
やってみる?と聞くと頷くので、使い方を教えるとやり始めました。何度か繰り返しているうちに、一人で出来るようになりましたよ。感激です。

食事は作りませんが、用意してあれば出すくらいはするようになったので、自宅と実家を1〜2泊ずつ往復する生活になりました。
私が家に帰るようになってすぐに、母が台所でどうしたらいいのか分からずに泣いていたそうなんですが、それを見た父が協力的になり助かりました。

母のリハビリには、作業療法士さんが向いているそうなんですが、通っている病院には理学療法士さんしか居なくて、リハビリがてらデイケアサービスに行くのがいいと老年科の医師に言われたので、介護保険の申請をしました。
父も透析が、行きはいいんですが帰りは迎えに行かないと帰してもらえなくなってて、母がもう行けませんから、一緒に出しておきました。
posted by Q at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Qの生態記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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