2009年07月10日

詳細 その4.カテーテル検査

6月4日の朝から入院だったので、前日から来ました。
今回のカテは、両足と心臓です。
カテーテルはもう何度もやっていて慣れてるので、特に心配するコトもない、気楽な一泊入院のつもりでした。

一番の心配だった右足は順調で、まだ治療の必要はなし。
左足の血管は細くなっていたけれど、先は切り落としてて無いコトだし無理はしなくても…ってコトで、これも良し。
ついでに確認しておこうかって程度だった心臓の血管が、詰まってきっちり潰れてました。
これは開通しなくちゃっ!って頑張ってくれたんですね。

心臓の血管は、2年前に1度広げてもらってステントも入っています。その前回のステントのすぐ下から潰れていました。
術後の写真で確認したところ、前回の2倍強程の長さがあって、時間も3時間近くかかりました。
カテ検査は大概50分程度、長くても1時間半くらいです。

父は高齢だし、糖尿病持ちの透析者なもので、だいぶ身体も弱ってたらしく、長時間の作業に耐えられなかったみたい。
術中に、著しく血圧が低下して脈が振れなくなり、意識を飛ばしてしまいました。
なんとか終わらせて出て来た時には、考えられないくらい耳は遠くなってたけど、まだ会話は成立してたんです。
ところが、その後の透析にも身体は耐えられなかったようで、訳の分からないコトを突然言ったりして会話は成り立たず、身体を起こすコトも出来なくなっていました。

透析は、通常は4時間です。が、カテ後は、透析日でなくても造影剤を流す為に2時間くらいの透析をやるのが常です。
透析は、私達では想像もつかないほど疲れるらしいです。高尾山レベルの山を3つ越えるくらいの体力を使うと聞きました。

術後の状態を診た医師が、透析を2回に分けましょう…つまり、今日2時間やって残りの2時間は明日にしましょうと言ったんですが、透析は辛い、こんなモノ2日も続けてやるのは嫌だ!という思いが先に立ってしまったのでしょうね。1回でやっちゃってくれって譲らなかったんです。結局、2日続いた次の日は普通に透析日なので、3日続くコトになるから無理ないですが。

2泊した後の6日(土)、どーしても帰ると言い張って、しかも医師がそれを許可したのには驚きました。
だって、一人で起き上がるコトも出来なきゃご飯を食べるコトも出来ないんですよ。父の薬は食前なんですが、やっと起こして薬を飲ませた途端に吐くんです。その後暫く堪えて、頑張って一口二口入れてもやっぱり吐く。カテの後、ずっとそんな状態なのに、一体何をもって大丈夫、改善しますからなんだか、訳が分からなかったですよ。
でも、帰ると言い張ってる本人に直接許可されちゃったので、どうするコトも出来ずに連れ帰りました。

家でも調子は上がらず、むしろ悪くなる一方で、手を貸しても起き上がれなくなっていきました。
月曜日には、救急車で病院に逆戻りです。
そこで初めて、心臓の司令塔がお休みしているコト、その為に体力が落ちてるから、起き上がれないのも食べられないのも当たり前だと救命救急の医師から聞かされました。

病棟に上がってから、合併症を併発していて肝機能の数値が異常に上がっていると担当医から聞きました。
たった2日でなんで…と驚きつつ治療の説明をしている担当医に、はい、はいと頷きながら、心の中では『当然の結果だろ』って思ってました。

また、『大体、ろくすっぽ飯も喰えない患者を家で様子を見ましょうって…。病院なら点滴でもなんでもあるけど、一般の家でどうやって栄養を入れろっていうんだよ。優秀だろうその頭脳の、どこをどーひっくり返したらそんな答えが出てくんだよ。』とも思ってました。

心臓を活発にする薬と栄養剤と抗生剤を点滴されて、司令塔が回復してきたのは14日頃。
4日から全く歩いてなかったので、更に2日程安定するのを待ってリハビリをして、21日に退院しました。

が、バランス感覚を上手く取り戻せないのか、歩いてると左に寄る傾向が出てしまい、透析センターへの送迎が必要になってしまいました。
なので、私が一旦自宅に戻れたのは27日(土)です。
posted by Q at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | Qの生態記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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